「おかしくないか?」
ハロルドフィケット博士の著書に「おかしくないか」という一文があります。
「おかしくないか。他の人がある事をするのに、長い時間をかけていると、アイツはのろいと言い、自分がしないと忙しいからと言う。他の人が言わない事を勝手にすると、出しゃばりと言い、自分が言わない事を勝手にすると、積極的だと言う。他の人がエチケットを破ると乱暴だと言い、自分の場合は個性的だと言う。他の人が上役に気に入るようなことをすると、ごますりと言い、自分の場合は協力的だと言う。他の人が昇進すると、アイツは運が良かったと言い、自分の場合は努力が報われたと言う。おかしいのではないか?」
一寸笑ってしまう話ですが、本当に自己中心的な考えが私たちに住み着いているのではないでしょうか。
算数の計算では100-1=99ですね。でも人の心の計算ではそうなりません。たとえば、ある人から100の親切を受けてきても、その人から一つの悪を受けてしまうと「あの人の本性がわかった。もうあの人とはお付き合いしない!」なんて事になりかねません。つまり100-1=0という1が巨大化した変な計算式が成り立ってしまうわけです。
しかもこれは自分が悪を受けた場合にそうであって、逆に自分が悪をした場合はまた本来の計算を要求するわけです。「あの人には何遍も良いことをしてあげたのに、たった一回の失敗を許さないなんて、あの人も心が狭い」となってしまうのではないでしょうか。
聖書は「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです」(マタイ7章1,2節)
しかしそんな自己中心的な計算をしやすい私達ですが、愛と真実の神さまは何と私達に恵みに満ちた計算をしてくださることでしょうか。人生で何度もおかしている罪深い心の思いと行いに対して、神の御子キリストを自分の罪からの救い主とただ信じ受け入れるだけで、その罪を帳消しにし、数々の恵みを満たしてくださるとは…ただ驚くばかりです。
あなたもこのキリストを心にお迎えになりませんか。
牧師 中 西 正 夫

