「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になってあなたはそれを見出す」
(伝道者の書11章1節)
今コロナ禍を何とか抑えようとする中で、経済的に最も逼迫しているのは「食べ物屋さん」でしょう。お客さんが来ない、売り上げが惨憺たる結果、それに伴い店を閉めなければならないのかという不安が襲ってきます。そんな中、コロナ禍に負けず何とか活路を見出そうとして、ある店は、店のメニュをパックに詰めて店頭で売る、宅配もする。あるラーメン屋さんは一押しのラーメンスープを紙コップに入れて販売する、ある高級レストランは月替わりで「世界の味」を販売し、私が見たときは「イギリス料理」をプラスチックパックに詰めてホテル前で売られていました。このような努力がいつの日か実を結ぶことを願わずにはおられません。
教会も昨年8月からの合同礼拝自粛を余儀なくされ、悲しい決断をした最初の日曜日、一人の男性が教会に来られ「今日礼拝に来ました、今日は礼拝はないのですか?実は私は先生の駅前伝道をずっと拝見していたんです」私は恐縮しながら、事情を説明し、近く始まるライブ礼拝のご案内をしたのですが、聖書の言葉「パンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見出す」とはこのことか…と励まされた次第です。
あなたもコロナ禍の中で希望が見えず、それでも日常の事柄をやめるわけにもいかず、「こんなことをしていて何になるか」とため息をついておられるかもしれません。でも聖書は、「水の上に投げるような」一見むなしい努力も違う形で「後になって実を結ぶ」と励ましています。
食べ物屋さんも、日夜医療に取り組んでくださっている方々も、そしてあなたも聖書の言葉を通して希望を見出されるよう祈っています。
牧師 中 西 正 夫

