「目からウロコの視点!」
辛い事が続くと、元気を失くしてしまいます。私は幼い頃から、試練の連続でした。貧しさに始まり、学校でのいじめ、孤独。。。自分に自信を失くし、暗い学生時代を過ごしました。「なぜ、こんな目に会わなければいけないのか?」と何度も思ったものです。
しかし、イエス・キリストを信じ、聖書を読むようになってから、その思いは全く変えられました。聖書には、こんな言葉があります。「主はその愛する者を懲らしめ、受け入れる全ての子にむちを加えられるからである。(へブル12章6節)」
私たちは、イエス・キリストを信じることによって、“神の子ども”とされ(ヨハネ1章12節参照)、神は父となって下さいますが、試練が多いとすれば、それは神の意地悪ではなく、“訓練”であり、私を成長に導くための懲らしめだというのです。私も自分の子育てを通して、その事が少し分かるようになりました。息子はパンが好きで、パンばかり食べたがりますが、成長のためには、野菜や苦手なものも食べさせなければいけません。息子は嫌がりますが、私は息子が泣いても、吐き出しても、根気よく食べさせます。それは、嫌がらせでも何でもなく、我が子を大切に思い、強く、大きく成長してほしいと心から願っているからです。
このように、視点が変えられると、思いも全く変えられます。試練そのものは、やはり辛いのですが、以前とは受け止め方が全く違うのです。聖書を知る前は「なぜ、私だけこんな目に会わなければならないのか」と思っていました。でも今は、むしろ逆です。「私は神様に我が子として受け入れられている。試練もまた、天の父に大切にされている証拠なのだ。」
神は私たち1人1人に計画を立てておられます。私たちは聖書を通して不満から解放され、
例え、試練や困難に見舞われたとしても、神を見上げ、期待することさえできるのです。
伝道師 後藤献四郎

