マルコ11章しょう15-19節せつ ―十じゅう字架じかに向むかかう道みち―「怒いかられたイエス様さま」 22.03/20

1怒いかられたイエス様さま
イエス様さまがやさしいお方かただと思おもっていませんか? しかし今日きょうのイエス様さまは、怒いかっています。なぜでしょうか?
2 わたし(神様かみさま)の家いえは祈いのりの家いえ
イエス様さまがロバに乗のった次つぎの日ひ、弟子でしたちとエルサレムの神殿しんでん(今いまの教きょう会かい)に入はいられました。すると、ハトを売うったりお金かねを両りょう替がえしたりする人ひとたちがいました。するとイエス様さまは、その人ひとたちの机つくえやいすを倒たおして言いいました。「聖書せいしょには『わたしの家いえは、祈いのりの家いえと呼よばれる』と書かいています。なのに、ここで泥棒どろぼうのように金かねもうけをする気きですか。出でていきなさい!」。この様よう子すを見みていた祭さい司し(神様かみさまのために働はたらく人ひと)たちは、イエス様さまをどのようにして殺ころそうかと相談そうだんしました。なぜなら、人々ひとびとがイエス様さまの教おしえに感心かんしんしていて、自じ分ぶんたちの言いうことを聞きかなくなると恐おそれたからです。
3 神様かみさまは心こころを見みている
私わたしたちが教きょう会かいに行いくのは、神様かみさまを礼拝れいはい(心こころをささげる)し、お祈いのりをするためです。しかし両りょう替がえ人にんたちは、「神様かみさまとみんなのため」と言いいながら、自じ分ぶんのお金かねもうけのために教きょう会かいにいました。神様かみさまは、私わたしたちの心こころを見みておられます。私わたしたちがお祈いのりやお手て伝つだいをするのは、ほめられるためでも、いい格好かっこうをするためでもありません。ただ神様かみさまのために、心こころからそうしましょう。神様かみさまは、それを喜よろこんでくださいます。